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「日の丸」のおはなし(歴史)

   ↑  2013/06/15 (土)  カテゴリー: 教育
『日の丸の歌』

一 白地に赤く 日の丸染めて
  ああ美しい 日本の旗は

二 青空高く 日の丸揚げて
  ああ美しい 日本の旗は


青空に翻る白地に赤丸の日本の旗は、世界の国旗の中でも最もシンプルで美しい旗です。

古来の日本から引き継がれている日本の国旗「日の丸」の歴史をみてみましょう。

●日の丸が日本の記録に現れるのは、平安時代初期の延暦16(797)年に編纂された「続日本紀」で、ざっと1300年以上の歴史があります。

●現存する最古の国旗は、後冷泉天皇より源義光(新羅三郎)へ下賜された日の丸の旗があります。
これは甲斐源氏宗家(武田信玄の家系)の家宝としていまに伝えられているものです。

●源平合戦の屋島の戦いで有名なのが、那須与一が射落とした扇の的の話。
このとき、平家側が竿の先にくくりつけていた扇が日の丸の扇です。

●室町時代になると、足利幕府が推奨した朱印船において、日の丸は「日本国籍」を示す商戦旗として公式に用いられています。

●戦国時代には天下一の武将の御印とされるようになります。
武田信玄と織田信長の戦いでは両者とも本陣に日の丸を立てていました。
日本では古来から、「我こそはこの国の覇者なり」と云う意思を示すときには、日の丸を掲げていたのです。

●江戸時代になると、徳川幕府は延宝元(1673)年に御城米廻船の船印として「日の丸」を指定しています。

●幕末には、幕府は正式に「日の丸」を海外派遣用の船舶における日本船旗として、日の丸を指定しています。

●万延元(1860)年の、幕府渡米使節団は、米国のブロードウェイで、日の丸の小旗を振って歓迎を受けています。

●明治維新の際の戊辰戦争では、薩長土肥の官軍側が錦の御旗、幕府方は日の丸を背負って戦っています。

●明治新政府は「商船規則」で、日の丸を「御國旗」として規定し、日本船の目印として採用しています。

●明治3年フランスは、正式に明治政府に対し「日の丸を500万円で売ってほしい」と依頼してきましたが、さすがに時の日本政府は断ったそうです。


学校では教わらない日の丸の歴史、日本人としては当然身に付けたい教養の一つです。

日本人の一部には「日の丸」を、軍国主義の象徴、戦争を想像させる、と訴える人がいますが、古来の日本から引き継がれている歴史・成り立ちを知れば、「日の丸」を日本の歴史・文化の中から、自然発生的に生まれ育った歴史ある日本の国旗として、誇りを持って受け容れられるのではないのでしょうか。

こどもたちに伝えたいですね。

日の丸の由来 動画 (学校でこんな風に教えて欲しいものです)
http://www.youtube.com/watch?v=0ZIHk2M94OQ
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